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2021/07/10

ハブヒロシ・ロングインタビュー「息をして、生きている。」(『1/f』vol.9 掲載記事)

ハブヒロシ・ロングインタビュー「息をして、生きている。」(『1/f』vol.9 掲載記事)

音楽家として、丹田呼吸法普及会の理事長として、

伝統芸能の伝承活動をする者として。

「ハブさんって何者なんだろう?」

丹田呼吸の世界で知ったハブさんの呼吸との向き合い方に

耳を傾けていたら生きかたの輪郭が少しずつ見えてくる気がした。

岡山県高梁市でのロングインタビュー。

期間限定で一部の記事を公開中です。(7/10〜7/30までの掲載)

 

話し手:音楽家・遊鼓奏者/NPO法人 丹田呼吸法普及会 理事長 ハブヒロシ

聴き手:長尾契子

 

 

 

 一、自己内省を考える。

 

 

〈行〉が分かれば理論も分かる。

――丹田呼吸に出合った時のことを聞かせてください。

 

「今はNPOを立ち上げて、僕が理事長に就任し、こうして教えてますけれど、当初の調和道丹田呼吸は老人サロンのようなところで、閉じたイメージもあって入りにくかった。僕は割と気にせず突入していくタイプですが、多分ちょっと浮いた若い人って感じだったろうな」

 

――第一印象は?

 

「敷居は低い。だけど裾の尾は広いし、奥は深すぎる。ハマりましたね。呼吸は宗教や思想的なところまで繋がることが分かって。僕は東洋思想、特に仏教が好きですが、東洋思想では修行と呼吸はセットです。空海の書物を理解したい時も呼吸法をやっていた方がすんなり入ってくる。お釈迦様も呼吸と瞑想をして悟りを得たように〈行(ぎょう)〉が分からなければ理論も分からない。そういう面からの探究も深まりました」

 

 

瞑想は宗教ではなく方法のひとつ。

――瞑想の歴史は、呼吸の歴史でもあるんですか。

 

「そうです。西洋にも瞑想はあります。キリスト教やイスラム教も好きで結構勉強しましたが、西洋の文豪や芸術家も実践していたそうです。それを体系化したのが東洋だった。違いはありますが、基本的に瞑想は人類共通のものであり、方法の一つです。最近おなじみのマインドフルネスと同様に、宗教そのものではなく方法なんですね。宗教がそれを活用している側面があります」

 

――確かに物を書いたり、芸術活動するということは、自分の中が散らかっていたらできないことですよね。一種の瞑想状態に入らないと。

 

「哲学者はよく散歩するって言いますよね。散歩も軽度の瞑想です」

 

――歩行禅という言葉を聞いたことがあります。無心になる、フロー状態に入る、集中力が高まるなど、いろんな言い方があると思いますが…。

 

「一体になる感覚とも言えます。または、最も小さなものに価値を感じられるということかもしれません。最近では、呼吸を楽しむということが人生において、もの凄い力になることを感じているんです。今、一番伝えたいことです」

 

――現代人の私たちに丹田呼吸を勧める理由はなんでしょう。

 

「自己内省できることですね。大袈裟な言い方をすると、自己内省は一人ひとりにとっての救いだと思うんです。例えば仏教的な概念では、自己内省できないことが苦しみの原因とされていますよね。それができないまま〈我〉の世界を彷徨う苦しみ。もちろん生きる限り我は無くならない。でもこの構図だけでも分かれば、ずっと楽になることもある。それに気づく一つのきっかけと受け取ってくれたらと思っています」

 

 

絶対に先行研究。

――少しスピリチュアルな香りのするエクササイズ的なアプローチのものなど、今、自己内省法みたいなものは周りに溢れているように感じます。一方、丹田呼吸には独特のずっしり感がある。自分が東洋の脈々とした歴史の中に位置づけられている感覚というか。

 

「僕がやっている研究(ハブさんは呼吸の研究もしている)の世界では絶対に〈先行研究〉と言って過去の人がどのくらい研究されているのかを確認した上で今の研究を継ぎ足していく方法を採ります。今の人が考えつくよりもずっと研ぎ澄まされた感覚で身体と向き合った先人たちが体系化したものが既にあるわけです。それを学んだ上で自分なりのやり方を模索するんですが、そんな余計な付け足しなんか必要ないほどずっしりしている。その厚みのことかもしれません」

 

――なんだか壮大ですね。

 

「それを学ぶだけで凄いことだと思う。とても古いものなので、今の人にはむつかしすぎることがほとんど。だから僕たちが翻訳していかなくちゃいけないと思っています」

 

 

 

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 二、都会と呼吸。

 

 

都会でどう呼吸と向き合うか。

――都会に暮らしていると、呼吸と向き合うことがなかなか難しいと感じます。五感から入ってくる情報量が多すぎて、頭で考えることもいっぱいあって、身体のことがおざなりになってしまう。 臨済宗再興の祖であった禅僧、白隠さんの著した『夜船閑話(やせんかんな)』にある〈心火逆上〉(※しんかぎゃくじょう:頭に血が昇るのぼせ状態のこと。ものを考えすぎたり精神を使いすぎると起きると言われる。)の考え方を知った時、これは現代人のことを指しているんじゃないか、と思いました。

 

「そうでしょうね。〈上虚下実〉とは正反対の状態です」

 

―― 一方で、「だから都会の人はダメなんだ」といった、都市生活を断罪するような考えに触れると、生活上そうせざるを得ないんだよなと哀しさや反発心が起きたり。

 

「大変だからこそ必要なんですね、ていねいに呼吸することが。もちろん住んでいるところは問いませんし、都会の人にこそお勧めしたいです」

 

――ZOOMでの講習を受けた時に、一日5分の音声(※ハブさんはクラス最終日、日々簡単に丹田呼吸に取り組める5分間のオリジナル音声を受講者たちに配った。)はやりやすいと思いました。

 

 「現代の生活リズムに合わせて音声をつくれたらと思ったんです。以前は30、40分やるのが普通でした。明治大正昭和だったらできたかもしれないけど、ほとんどの人は5分でも長いって思う。その僅かな時間にも掴めるものはあるはずですよ。5分だけでも呼吸と向き合うって、その人にとって大きいことだと思うんです」

 

――健康にも良いですしね。

 

「そうそう。丹田呼吸は瞑想的なことだけじゃなく、身体的なものとしっかり繋がっているから、内臓系の調整にも効きます。僕も昨日の胃もたれがどんどん治ってきたし(笑)」

 

――オンラインクラスでは、東京の人とか、岡山の人とか、全然違う背景を持った人が老若男女同時に呼吸に励んでいます。都会や田舎の垣根を越えていますね。

 

「興味のある人には出し惜しみしないでどんどん伝えたいんです。伝え方はまだ完璧じゃないんですけど。都会の否定の話に戻ると、完全に否定できるものってどこにも無いんじゃないかなって思うんです。もちろん度合いはあるけれど、どれも役割がありますよね。都会の人がいるおかげで成り立っていることもいっぱいある。それぞれいいところを活かし合って、ダメなところは変えていく」

 

――都会から田舎に移住したハブさんからその言葉を聞くと新鮮です。 

 

「確かに一部では田舎理想主義ってあると思うんですけど、実際に移住してみて『ここは欠点だな』って思うところは言うまでもなくあります。同時にいいところもたくさん。田舎はユートピアじゃない。田舎の欠点には都会の良さを取り入れていけば良いのだし、逆もまた然り。田舎は大変で、愉しい。都会も大変で、愉しいってことかな」

 

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取材後にハブさんが連れて行ってくれたのは、祇園寺にそびえる樹齢約1200 年の大杉だった。思わず足がすくむような圧巻の力強さと、清廉な空気が周囲に漂う。祇園寺は、高梁市巨瀬町にある真言宗善通寺派の別格本山寺院。弘仁3年(812年、空海(弘法大師)の創建と伝えられる。空海がお手植えした杉として、「天狗大杉」と呼ばれ、県指定天然記念物に指定されている。生命力が漲ってくるような、静けさがある。

 

 

〈方便〉をつかう。

――丹田呼吸で一番大事にしていることは何でしょうか。

 

「一連の呼吸を終えた後に『反省と感謝』って言って、しばらく黙想する時間があるじゃないですか。あれに尽きると思うんですよね」

 

――実は最初に体験した時から、あの絶妙な間の存在が、呼吸と同じくらい気になっていたんです。

 

「ハハハハ(笑)。 説教くさいかもしれないんですけど、実はあれが核なんです。反省って、ごめんなさいっていう意味じゃなく、見つめていくことです。その先に全部繋がる感覚になるというか」

 

――実際にさっきまで外界に漂っていた酸素が自分の一部となり、同じく一部だった二酸化炭素がまた外に出ていくわけですから自分と世界の境界線が一体どこにあるのか、厳密に分けることが正しいのか、考えさせられます。

 

「世界と自分が一緒になっちゃうことをとても深いレベルで感じ取ったのがお釈迦様だったんじゃないかなと思っています。きっかけは呼吸であって、苦行じゃなかった。単純に集中することって、人の幸福度を め満足感を生むと言われていますよね」

 

――マルチタスク、一度にたくさんのことをやると脳がとても疲れると以前本(※参考書籍:アンデシュ・ハンセン『スマホ脳』久山葉子[訳]新潮新書 2020年)で読みました。

 

「あ。今、僕まさにそれです。すんごいマルチタスク生活(笑)。そうせざるを得ないですよね」

 

――マルチっていうと、いろいろなことがなんでもできるイメージですけれど、それだけじゃないですね。専門職だけでは生きにくい時代だし、複数のものを同時に生業としている人も多いこの時代では、手段として選んでいる。先ほどの都会の話とも繋がってきます。 

 

「大切な概念の一つに〈方便〉というものがあります。元々は仏教用語で、人を真実の教えに導くために仮にとる便宜的な手段のことを言いました。転じて今はある目的のためにとる便宜上の方法のことを指して使われていますよね。その言葉のように、これが正しい唯一のやり方だ! じゃなくて、それぞれに合ったやり方で取り組むのが肝要かなって。都会で生きていくことがその人にとって大事なことをやる上で必 なら一つの方便として大切だと思うんです」

 

――マルチであることも方便の一つということですね。

 

「極端に考えれば、仙人みたいな生き方が一番ナチュラルなのかもしれない。でも、呼吸を通して周りのものと繋がる感覚が生まれると、最終的に自分一人で生きているわけじゃないことに行き着く気がします。自分が楽しむためには、人も楽しんでいて欲しいし、それが周り回って自分も楽しいってことに気づいたり」

 

――呼吸によって得た「一体になる」反省と感謝のこころは、自己内省とどう繋がるのでしょうか。 

 

「その人なりの生き方の一部になるんじゃないかな。その一つに『単純にこのやり方が悪い』って言えなくなることがあると思います。楽しく生きたいと思った人が、仙人みたいに暮らす方法もあるけれど、政治家になる道だってあるわけです。政治は汚い世界というイメージがあると思うのですが、その立場を方便として利用した人の中に、人々と楽しく安全に暮らしたいという核がしっかりあるなら、政治家になることも一つの立派な方便です。都会に暮らすことが悪いことじゃなくて、都会に暮らして、やることがあり、それが自分にとって大切なことであれば、必要だということです」

 

――みんな都会に居るから、なんだかよく分からないけれど自分もそこに居て…という暮らし方も普通に選択肢としてありますよね。都会が自分にとって大切なのかを見極めるのも自己内省があった上で出来ることではないでしょうか。

 

「土地を見極めた上で住む。それはまた違う段階かもしれないね。なんだか分からないけど苦しんでいるっていうのも、何かに気づくきっかけになることがあり得る。すべての状況は、その人にとっての現実。それを日常とはまったく違う角度からアプローチする一つが、呼吸なんだと思います」

 

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【※1】藤田霊斎の著作にはどんなものがある? 藤田霊斎の主著は『調和道丹田呼吸法』 (調和道協会、1997年)。他にも数々の著作がある。ハワイへ出向くなど、呼吸法の海外への普及活動も積極的におこない、英語の著作も残されている。Yukei Fujita, “The law of harmony in health and physical culture”  The Chowado-Kyokai, 1928.  伝記は村野孝顕 編著『道祖藤田霊斎伝記 』(調和道協会、1982年) などがある。

【※2】丹田呼吸と医学研究。ハブさんによる医学研究と現在の活動。丹田呼吸に関して妥当性の高い医学研究はまだ十分ではなく、一つずつ医学的根拠を積み上げていく必要がある分野だ。ハブさんによる丹田呼吸の医学研究に「丹田呼吸による便秘改善効果の検討―無作為化比較試験によるパイロット研究(一般演題、第24 回日本統合医療学会学術大会 、土生裕 、日本統合医療学会誌  第13巻 3 号、2020 年」がある。現在ハブさんは、丹田呼吸以外では新型コロナウイルス流行の健康影響に関する研究もおこなっている。 

 

 

三、古いものの翻訳作業。

 

 

古いものをどう翻訳するか。

――丹田呼吸という言葉が生まれたのはいつですか?

 

「明治時代のお坊さん、藤田霊斎(ふじた・れいさい)によると伝えられています。彼の1908年の著作『実験修養心身強健之秘訣』に初めて用いられたと。古来からの呼吸法や調息法を体系化し、より分かりやすいようにいのちを吹き込み直した人物でもあります。 (上写真・キャプション【※1】を参照)きっかけは自身が病気になったことでした。呼吸法や修行法、養生法を研究して実践したら体調が改善した。自分だけのものにするのはもったいないと思ったんでしょう。現代では、より医学的な側面からの丹田呼吸の研究が必要だと思っています」

 

――ハブさんの医学研究「便秘改善効果の検討」(上写真・キャプション【※2】を参照)もその一つですよね。実際に健康状況が改善したとのことでした。藤田がおこなったような時代に合わせた翻訳作業は今も必要になっていますね。

 

「過去数百年スパンでの人類がほとんど経験したことのない社会構造の変化がまさに起こっている特殊な時代が今なんです。例えば僕が住んでいるこの家も、450年ほど代々受け継がれてきたんですけど、ついに途絶えたんですよね。で、僕が来た。数百年レベルで住み継がれてきた家屋の後継が不在、が当たり前の時代。江戸時代や近代以前のやり方ではマッチしません」

 

――私個人としても、原液そのままではとても受け入れる気分になれません。ハブさんのようなインターフェイス的存在がいなかったら丹田呼吸を体験してみようとも思わなかったかも。まずは骨のつまった史実を受け入れてから、今の時代に翻訳し直して、日々の生活に落とし込んで使っていく。これは、ハブさんが復活させた「長蔵音頭」の活動にも繋がっていくように思います。

 

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高梁市有漢町で消滅していた音頭を復活させ、2019 年にCDアルバム「長蔵音頭」を全国リリース。江戸時代に天明の大飢饉で苦しむ川関村を命がけで救った、綱島夫妻の歴史を今に伝える「長蔵音頭」は、「ヨイセッコラセー」などの軽快な掛け声や、当時の情景が目に浮かぶようなストーリー展開の歌詞が印象的だ。高梁を代表する盆踊り「松山踊り」、「ヤトサ」も収録。現代の人たちに向けて作られた、これからの伝統芸能音楽の可能性が詰まった一枚だ。

 

 「そうですね。昔は娯楽だった音頭や盆踊りも、デジタル主流の今の娯楽のかたちとはまったく違う。その中でどう伝えていくのか。一方で、分かりやすさばかりを強調すると、かんたんに薄まってしまいます。広めるために薄めるところは薄めつつも本質を見失わないことが大事。いつもその緊張感があります」 (『1/f』vol.9より)

 

 

 

 

音楽家・遊鼓奏者/NPO法人 丹田呼吸法普及会 理事長

ハブヒロシ

2007年 インドネシア国立芸術大学スラカルタ校留学。2008年 東京造形大学映画専攻卒業。パフォーマンスグループ「やちゃおう倶楽部」にてZOKEI賞を受賞。卒業後は、馬喰町バンド、SUNDRUM、チェ・ジェチョル、松崎ナオ、サム・ベネットらに出会い音楽活動に専念。関ジャニ∞など様々なレコーディングに参加する。2011年 セネガルの人間国宝ドゥドゥ・ンジャエ・ローズ・ファミリーのもとで修行。2012年 世界各地の芸能家たちと交流を深める一方で、芸能を深く探れば探るほど、自らの出自というのを見つめざるを得なくなり、自作の太鼓「遊鼓」を創作。2017年 日本を深く知るため、自らの生活をゼロから見直すために、東京から岡山県高梁市まで遊鼓を叩きながら歩いて移住。高梁市では小水力発電制作や山里の活性化、など、地域づくりに取り組む。また、自身が主催する「ハブライブ!ラブライフ!」では、あふりらんぽ、UA、OKI、など唯一無二の音楽家を迎え、今までにないコラボレーションが生まれている。2019年 高梁市有漢町に伝わる音頭を復活し、CDアルバム「長蔵音頭」を全国発売。2020年 倉敷芸文館にて備中神楽と共演。現在は、岡山大学大学院医歯薬学総合研究科にて疫学研究に励みながら、100年以上続く丹田呼吸を現代に普及している。高梁市在住外国人らと新作映画を制作中。

  

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こちらは、最新号『1/f』vol.9「息をしている。」より、期間限定公開記事(07/09〜7/30まで)です。本誌では、この後にもハブさんのインタビュー記事が続きます。最新号『1/f』vol.9にて、ご覧いただけます。7月のオンラインショップ・オープンは【7/10(土)〜7/16(金)】です。詳細はこちらのバナーから。

 

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