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2021/06/15

[ 最新号 vol.9 ]2回目ご予約/スタートしました。

[ 最新号 vol.9 ]2回目ご予約/スタートしました。

 

 

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【 6/15〜6/21 】まで

オンラインショップを

オープンしました。

 

前回の予約終了後、思いの外、問い合わせをお寄せいただいたため、2日間延長いたします。

お声をありがとうございました。

 

21日より順次、お届けです。最新号の2回目のご予約も承ります。

下記バナーより、よりお入りいただけます。

 

 

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最新号の付録「丹田呼吸ポストカード」初回分が終了しましたので新しいタイプをご用意しております。

 

ラムネカラーインクのgray ver.です。初夏のおたよりにどうぞ。

 

今週から追加でお届けしているお取扱店にも

こちらの new ver. を同封させていただいていますので、ぜひお店へ。

 

最新号をお手にとっていただけるお店は【 Shop    】をご覧ください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Info ――――――――――――――

 

●オンラインショップでは

【 6/18 】から

BASEの5% OFFクーポンが利用できます。

 

商品購入画面で

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入力すると適応されます。

 

クーポンコード

 0618thx150 ≫

 

【期間】

6/18(金)12:00~

6/24(木)23:59

※当店につきましては

【 21日 】にクローズするため

それまでのご利用となりますので

ご注意くださいませ。

 

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2021/06/12

鈴木容子の詩の鑑賞室 今回のテーマ『呼吸』

「うたうことは生きること」 鈴木容子の詩の鑑賞室 今回のテーマ『呼吸』

文・鈴木容子

 

うたうことは生きること 

 

 挿絵も色彩もついていない小さな詩集。

 ストイックなたたずまいに惹かれ、思わず手にとってみる。大人になって日々の慌ただしさと喧騒の中でその静謐さを求める時が私にも来たのだ。

 小さな頃から、父の本棚に並ぶ薄く茶色に染まった詩集の背表紙を見るともなく見つつ育った気がする。それらの古めかしさに怖気付いて、なかなか開く勇気は出なかったのだけれども。

「詩って大砲みたいだよ。小説のように長々とではなくあの短さに本質をまとめてドンッと放出する感じがさ」

 朝、夫の何気ないひとことを聞き、ふっと物思いにふけった。

 本質がぎゅっと込められている…。たとえば、詩人の新川和江(1929〜)は『詩が生まれるとき』という随筆集の中で「詩はひかりのように、ひびきのように一瞬のうちに感受するもの」と書いている。それから、私の恩師が愛好する詩人・石原吉郎(1915〜1977)は『海を流れる河』という評論集において「詩というひとすじのよびかけに、自分自身のすべての望みを託せる。一人の人間が、一人の人間にかける細い橋のようなもの」と思いを述べている。 

 新川や石原のような優れた詩人達が、多くの示唆を受け敬愛してやまなかったという詩人・嵯峨信之(1902〜1997)の『愛と死の数え唄』(1957年)という詩集がある。古いものだけれど、そのことばに宿るきらめきから今も新鮮な風を感じる。

 

 

新生     嵯峨信之

 

いつまでもつづくかと思われる灰いろのその日その日を

きよう不意に無用の衣のように 誰かやさしくつまみあげる

そして霧の晴れまにあらわれた夕日にかがやく岩峰(ピーク)をかいま見る

ぼくが救われるように

いまどこかの国で誰か祈つているかも知れぬ

気がつくとぼくは不二の裾野を遠く歩いてきたように疲れている

人間の内部で

神がそのひとを自らの成長に任せはじめる時がある

いまその業(わざ)がぼくのなかでもゆるやかに行われているのだろう

ふしぎな寂寥のひろがりへぼくはそつと放たれる

ぼくは小さなまばたきをしながら

その透明なひろがりへ出ていく

距離と時間とのふしぎな組み合わせの中を

熱帯の涼しい村落のはずれを

ぼくがたどりついたこともない

静かな限界が眼の前に横たわる

無の川を流れる樹木

色とひかりと雲とを沈めた丘

いつしか呼吸があらたに整つてくる

ようやくぼくの上を永劫に回帰するものが通過するらしい

ぼくに向けられた一条の自然をしずかに引いてみる

するとなにかしら遠い合図が帰つてくる

あの盲(めし)いたひとに伝わるものが

急にまちがえてぼくの手に伝わつてきたように

怖ろしいまでに深い注意をひめた一つの合図が

 『愛と死の数え唄』より

  

 

 この詩の中には、日常性、祈り、静謐、永遠、そして啓示という根源的なテーマが散りばめられている。空間と時間の広がりに思わず創世記の天地創造を思い浮かべてしまう。口ずさむ度に私も「いつしか呼吸があらたに整ってくる」ような気がするのだ。

 嵯峨信之は萩原朔太郎に師事し、のちに詩学社の編集長になった。前述の『詩が生まれるとき』の随筆集の中で新川和江は、嵯峨が彼女の作品に対してコメントをする際、つぶやくようにボソボソと喋るので、その助言の真意を理解するのに十年もかかった、と尊敬とおかしみを込めて書いている。

 そんな嵯峨の雄大な詩に似て、私が最も好きな新川の作品「母音」を挙げてみよう。

 

 

母音

ーある寂しい日私に与えて    新川和江

 

信じていなさい

おまえののどとくちびるの温かさを

おまえが〈あ〉と言う時

どこかの暗い沼のふちの

葦のあいだで

澱んだ水が

〈あ〉

一万年にたったいちどの水泡(みなわ)を立てて独り言を洩らすと

 

信じていなさい

優しい死がこんやもおまえを抱きしめにくると

おまえが〈い〉と呟く時

かわいた川の

橋桁の

朽ちた楔(くさび)のほとりで

〈い〉

しめし合わせたようにしばし立ちどまる風があると

 

信じていなさい

痛みはおまえだけのものではないと

おまえが〈う〉と呻く時

真夜中の劇場の

楽器置場の片隅で

コントラバスが

〈う〉

ひくく呻いて同じ苦痛の相槌を打ってよこすと

 

信じていなさい

おまえには名も無い多くの友がいると

おまえが〈え?〉問い返す時

遠い森のいっぽんいっぽんの木が

答えのかたちに枝を撓ませ

葉隠(ごも)りの小鳥たちが

〈え 〉

同じ疑問を一晩じゅうざわめきながら悩んでくれていると

 

信じていなさい

うたうことは決してむなしいことではないと

おまえが〈お〉と言う時

青草が

牡牛が

見えないものの影が

〈お〉

むっくり起きあがり おまえと一緒に歩き出すと

 『新川和江詩集』より

 

 

 

 まずこの詩の、やはり時空を越えた広がりに驚く。〈あ〉とひとり発する人間の絶対的な孤独。

 しかしそれをしっかりと受け止めて思わぬ場所から豊かに応答してくるものが必ずあるのだという確信。孤独な作業が実は広い世界につながっている。その希望こそ詩を書く喜び、独り大きく息をして、大いなる存在に対して〈え?〉と発し続ける表現者の喜びなのではないかと教えられる。

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鈴木 容子

Hiroko Suzuki

 

1988年、東京都生まれ。

東京女子大学で哲学を専攻する。

喫茶店へ行き1人でぼんやり考えごとをするのが何よりも好き。

現在は、1歳児の子育てをしつつ母校で事務の仕事をしている。

 

【Blog】はつほ書店

http://hatsuhoshoten.jugem.jp/

 

 

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illustration:Keiko Nagao

 

こちらは、最新号『1/f』vol.9「息をしている。」 より、期間限定公開記事(6/12〜6/26)です。

鈴木さんのこちらの記事は、最新号『1/f』vol.9「息をしている。」にて、ご覧いただけます。次回のご予約は、オンラインショップにて6/15〜スタートです。詳細はこちら。

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2021/06/05

「されど呼吸。」深く、風通し良く。こころとからだのみなもとを育てる丹田呼吸の世界。

「されど呼吸。」深く、風通し良く。こころとからだのみなもとを育てる丹田呼吸の世界。

備中松山城頂上からの景色。標高430m の臥牛山連峰の小松山山頂にそびえ、日本三大山城のひとつに数えられている高梁市のメインスポット、備中松山城の天守へ。閉園前の夕方の景色だ。ここからは高梁市が一望できる。国指定重要文化財で、天守が現存する唯一の山城として親しまれている。

 

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 東洋の歴史の中で長きに渡って伝わり、日本では武士道や伝統芸能へ受け継がれてきたとある呼吸法がある。

「腹が据(す)わる」、「腹を決める」という言葉の通り、たいせつな決断を「肚(=腹)」という身体のパーツで表すように、その人たちも〈丹田〉と呼ばれる下腹部の部位を人のエネルギーのみなもとと考え、ここを意識した呼吸法に全力をかけた。

 

 何が起こるか分からない日々はもちろん、自分たちが目指す諸道諸芸にとって欠かせない身体作法であることを知っていたからだ。この呼吸法で得られたものとは一体何だったのだろう。そしてなぜ、今日まで受け継がれたのか。普通の深呼吸との違いは何なのか。色々と調べていくうちに、今を生きるヒントが、たくさん詰まっている気がした。

 

 そんな問いや知りたいを抱えて、今も濾過され続けている呼吸法「丹田呼吸法」を伝えている、音楽家であり、NPO法人丹田呼吸法普及会理事長である、ハブヒロシさんに話を伺うため、岡山県高梁市を訪れた。

 

 

 

丹田呼吸、いざ実習。

「上は虚しく、下は実る」ってなんのこと?

 

 

〈短息〉をやってみよう。 

 この日、高梁市有漢町にあるハブさん宅に伺って、丹田呼吸の初級の型をいくつかマンツーマンでおさらいすることになった。通されたのは20畳ほどの広い畳の間だ。

 

 並べられた椅子にゆったりと腰掛ける。毎週オンラインで学んできたこともあって初対面という気がしないのに、初めて気づくことがある。ハブさんの力みのまったく入っていないなで肩だ。思わず「これが上虚(じょうきょ)!」と呟いた。

 

 丹田呼吸はみぞおちに深いくびれをつくりつつ、息を吐きながら強い腹圧をかける呼吸法で、初級の目的は、ずばりこの〈上虚〉だ。上を虚しくする。つまり上半身は、みぞおちをくぼめて脱力したリラックス状態をつくる。クラス内では〈上虚下実(じょうきょかじつ)〉という四字熟語がよく飛び交っていた。上虚と同時に、息を吐く時に下腹部の丹田を中心に腹圧がかかる姿勢が〈下実〉で、丹田呼吸が目指すもののひとつ。いくら長く息が吐けても、胸に力が入って苦しくなったり、頭が重く感じる時は、上虚がつくられていない証拠。ここでやっと、この呼吸法の名前にもある丹田が出てくるのだが、そもそも〈丹田〉とは一体何だろうか。 

 

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「〈臍下丹田(せいかたんでん)〉って聞いたことありませんか? へその下、指4本分にあるとされてる部位のことです。名前は、古代中国の身体論の中にある丹薬(不老不死の薬)が生まれてくる田んぼ、という言葉に由来すると言われています。西洋医学の解剖学的な器官ではなく、東洋医学上のイマジナリーな部位なんです。日本ではよく『腹を据える』とか『腹を決める』とか言いますけど、古来の諸道諸芸などで〈肚(はら)〉と呼ばれ重要視されてきたところなんですよ」

 

 丹田呼吸には型があるが、人によって本来無限の方法があり「無相の呼吸法」として一定のかたちをとる必要はないと考えられている。実際、型の中には、諸道諸芸の中で重用されてきたことが垣間見える剣道の素振りや、マラソン、タオル絞りを模した一見カジュアルなものまである。試しに手持ちのタオルを絞ってみると、確かにみぞおちがくぼんでくるし、息を吐きながら強い腹圧がかかってくる。日常動作の中で既に無意識の丹田呼吸をしているなんて驚きだ。コツさえ掴めたら、自分なりの方法がいくらでも見つかる。ただ、一定のかたちはないと言われても初心者には分からないので、まずは型を使って感覚を掴むのだ。

 

 その型の名前も面白い。寄せては返す大波小波のようにみぞおちから丹田をなめらかに動かすことからついた〈波浪息(はろうそく)〉や、パン生地を捏ねるように腹を錬り上げる〈大振息(だいしんそく)〉。「なんだか必殺技の名前みたいじゃないですか」と、ハブさんが冗談まじりに笑った。

 

 「では、まず緩息(かんそく)からいきましょうか」

 〈緩息〉とはごくシンプルなリラックスした呼吸だ。いろいろな息法を実践する合間に入れることで呼吸を一度フラットに戻せる。両膝にそっと手を添え、鼻からゆっくりと息を吸うと同時に状態が伸びる。次の吐くタイミングでバネのようにストンと落ち着ける。3回繰り返した後は〈静思〉。手をそっと組み合わせて目を閉じ思いを静める。

 

 もう一度緩息を挟んだら、初級の型のひとつ〈三呼一吸〉の始まりだ。「ふっふっふーー」と、三回連続で吐いてから一回吸う呼吸法で、呼気の後の自然な吸い戻しに任せる。ちなみに丹田呼吸では、吸う息をほとんど気にしない。吐く息に意識を向ける〈呼主吸従(こしゅきゅうじゅう)〉を大切にしている。どうしてだろうか。体操ではよく深呼吸をする時に両手を広げるなどして、最初からたくさん空気を取り込もうとするのだが。

 

「深呼吸のことですね。丹田呼吸は似ているようで、違うんですよ」

 丹田呼吸の普及に邁進した医師、村木弘昌は深呼吸のことを電車の車両に例えて「満員電車」と呼んだ(『〈いのち〉を紡ぐ呼吸法』村木弘昌著 調和道協会)。左右で三億個もの小部屋(肺胞)を持つ肺は、普通にしていたらいつも炭酸ガスという名の乗客で満員状態。その状態でいくら息を吸っても、新しい乗客である酸素が入ることはできない。一方、ガラガラに空いた車両ならスッと入れる。肺を空っぽに近づけることで、次の吸気で大量の新鮮な酸素が取り込まれ、肺のガス交換率もぐっと上がる、と丹田呼吸では考える。

 

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 丹田呼吸のキホン。三呼一吸(さんこいっしゅう)。まずこの息法で〈上虚〉の感覚を掴む。みぞおち下に両親指を押し当て「ふっふっふー」と三回連続で、鼻から息を吸い、吐くと同時にみぞおちのくびれを押す。みぞおちの硬さをゆるめて、上虚の感覚を覚える。

 

 

 三呼一吸では両手の親指をみぞおち(胃と腸の間)下に当て、鼻から息を吸って、吐くと同時にできるみぞおちのくびれを押す。この「みぞおちを落とす」感覚を掴むのがとてもむずかしい。最初はとにかく硬く感じるのだ。ごくリラックスした表情で、腹のくびれが親指をまるでむしゃむしゃ呑み込んでしまっているように見えるほど深く押しているハブさんが逆に心配になる。

 

「日によって硬さも違うんですよね。昨日の夜ちょっとお菓子を食べすぎて胃もたれしていたので、きょうは気持ちいいなあ」とゆったりと繰り返している。

 

 丹田呼吸では、この腹部の奥にあるとされる自律神経の要(かなめ)である太陽神経叢(たいようしんけいそう)を刺激するといわれている。自律神経の調整はもちろん、横隔膜のダイナミックな上下運動によって内臓へのマッサージが起こり、血液の巡りが促進される。繰り返すうちに、少しだけ軟かくなり、肩の力が抜けているのに気づいた。みぞおちを落としたら肩の力がすっと抜けたなんて、なんだかもぐらたたきみたいだ。身体は思わぬところで繋がっている。

 

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 次はあの波浪息。名前は必殺技のようだが動作は激しいものではなく、シンプルで覚えやすい。みぞおちに手を直接添え、動かしながら上虚をつくっていく。まず右手の掌をみぞおちに当て、左手は下腹部に添える。上体を前傾させながら、フンッと鼻から息を吐くと同時に、みぞおちのくびれが深まるのを感じながら、右手でみぞおちを左方向へ、左手で丹田を右方向へ撫でる。この時、下腹部には自然に力が入る。上体を元に戻すと同時に手も元の位置に戻す。息は自然な吸い戻しに任せる。この流れが一つの波の満ち引き、まさに波浪のように見えるのだ。両手バージョンが終わったら、片手バージョンをやってみる。上虚の状態が身体でどんどん分かってくる。

 

 丹田呼吸はお腹のかたちが面白い。下腹部に力が入る時は、完全なぽっこりお腹が出現する。ただのぽっこりではない。硬いボールのように力が充実している。この〈下実〉を保ったお腹の状態のことを、その見た目から〈瓢(ひさご)バラ〉とも言う。ひょうたんのことだ。

 

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「月光菩薩や日光菩薩、ミロのヴィーナスも、よく見るとみぞおちはくびれているし、瓢バラなんすよね」とハブさんが笑う。実際の資料を見てみると、確かそうだ。決してスリムなお腹ではない。しっかり安定している。そして肩はすらり。古今東西の彫刻や美術でも〈上虚下実〉がひとつの美のかたちとして浸透していたと想像してみると、眼下のお腹をなんだか両手のひらでそっと包みたくなってくる。

 

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ハブヒロシ

音楽家・遊鼓奏者

NPO丹田呼吸法普及会理事長

 

NPO丹田呼吸法普及会 Web site

https://www.tandenbreathing.com

  

 

 

 

 こちらは期間限定公開の記事です。(6/5〜6/29)その他にも、様々な呼吸法を体験しながら、呼吸をみつめる実践記事が続きます。この後の記事は、最新号『1/f』vol.9「息をしている。」にて、ご覧いただけます。

 

 ◯6/15〜より、第2回目のオンラインショップにて予約スタートします。詳細はこちらのバナーから。

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