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2021/06/05

「されど呼吸。」深く、風通し良く。こころとからだのみなもとを育てる丹田呼吸の世界。

「されど呼吸。」深く、風通し良く。こころとからだのみなもとを育てる丹田呼吸の世界。

備中松山城頂上からの景色。標高430m の臥牛山連峰の小松山山頂にそびえ、日本三大山城のひとつに数えられている高梁市のメインスポット、備中松山城の天守へ。閉園前の夕方の景色だ。ここからは高梁市が一望できる。国指定重要文化財で、天守が現存する唯一の山城として親しまれている。

 

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 東洋の歴史の中で長きに渡って伝わり、日本では武士道や伝統芸能へ受け継がれてきたとある呼吸法がある。

「腹が据(す)わる」、「腹を決める」という言葉の通り、たいせつな決断を「肚(=腹)」という身体のパーツで表すように、その人たちも〈丹田〉と呼ばれる下腹部の部位を人のエネルギーのみなもとと考え、ここを意識した呼吸法に全力をかけた。

 

 何が起こるか分からない日々はもちろん、自分たちが目指す諸道諸芸にとって欠かせない身体作法であることを知っていたからだ。この呼吸法で得られたものとは一体何だったのだろう。そしてなぜ、今日まで受け継がれたのか。普通の深呼吸との違いは何なのか。色々と調べていくうちに、今を生きるヒントが、たくさん詰まっている気がした。

 

 そんな問いや知りたいを抱えて、今も濾過され続けている呼吸法「丹田呼吸法」を伝えている、音楽家であり、NPO法人丹田呼吸法普及会理事長である、ハブヒロシさんに話を伺うため、岡山県高梁市を訪れた。

 

 

 

丹田呼吸、いざ実習。

「上は虚しく、下は実る」ってなんのこと?

 

 

〈短息〉をやってみよう。 

 この日、高梁市有漢町にあるハブさん宅に伺って、丹田呼吸の初級の型をいくつかマンツーマンでおさらいすることになった。通されたのは20畳ほどの広い畳の間だ。

 

 並べられた椅子にゆったりと腰掛ける。毎週オンラインで学んできたこともあって初対面という気がしないのに、初めて気づくことがある。ハブさんの力みのまったく入っていないなで肩だ。思わず「これが上虚(じょうきょ)!」と呟いた。

 

 丹田呼吸はみぞおちに深いくびれをつくりつつ、息を吐きながら強い腹圧をかける呼吸法で、初級の目的は、ずばりこの〈上虚〉だ。上を虚しくする。つまり上半身は、みぞおちをくぼめて脱力したリラックス状態をつくる。クラス内では〈上虚下実(じょうきょかじつ)〉という四字熟語がよく飛び交っていた。上虚と同時に、息を吐く時に下腹部の丹田を中心に腹圧がかかる姿勢が〈下実〉で、丹田呼吸が目指すもののひとつ。いくら長く息が吐けても、胸に力が入って苦しくなったり、頭が重く感じる時は、上虚がつくられていない証拠。ここでやっと、この呼吸法の名前にもある丹田が出てくるのだが、そもそも〈丹田〉とは一体何だろうか。 

 

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「〈臍下丹田(せいかたんでん)〉って聞いたことありませんか? へその下、指4本分にあるとされてる部位のことです。名前は、古代中国の身体論の中にある丹薬(不老不死の薬)が生まれてくる田んぼ、という言葉に由来すると言われています。西洋医学の解剖学的な器官ではなく、東洋医学上のイマジナリーな部位なんです。日本ではよく『腹を据える』とか『腹を決める』とか言いますけど、古来の諸道諸芸などで〈肚(はら)〉と呼ばれ重要視されてきたところなんですよ」

 

 丹田呼吸には型があるが、人によって本来無限の方法があり「無相の呼吸法」として一定のかたちをとる必要はないと考えられている。実際、型の中には、諸道諸芸の中で重用されてきたことが垣間見える剣道の素振りや、マラソン、タオル絞りを模した一見カジュアルなものまである。試しに手持ちのタオルを絞ってみると、確かにみぞおちがくぼんでくるし、息を吐きながら強い腹圧がかかってくる。日常動作の中で既に無意識の丹田呼吸をしているなんて驚きだ。コツさえ掴めたら、自分なりの方法がいくらでも見つかる。ただ、一定のかたちはないと言われても初心者には分からないので、まずは型を使って感覚を掴むのだ。

 

 その型の名前も面白い。寄せては返す大波小波のようにみぞおちから丹田をなめらかに動かすことからついた〈波浪息(はろうそく)〉や、パン生地を捏ねるように腹を錬り上げる〈大振息(だいしんそく)〉。「なんだか必殺技の名前みたいじゃないですか」と、ハブさんが冗談まじりに笑った。

 

 「では、まず緩息(かんそく)からいきましょうか」

 〈緩息〉とはごくシンプルなリラックスした呼吸だ。いろいろな息法を実践する合間に入れることで呼吸を一度フラットに戻せる。両膝にそっと手を添え、鼻からゆっくりと息を吸うと同時に状態が伸びる。次の吐くタイミングでバネのようにストンと落ち着ける。3回繰り返した後は〈静思〉。手をそっと組み合わせて目を閉じ思いを静める。

 

 もう一度緩息を挟んだら、初級の型のひとつ〈三呼一吸〉の始まりだ。「ふっふっふーー」と、三回連続で吐いてから一回吸う呼吸法で、呼気の後の自然な吸い戻しに任せる。ちなみに丹田呼吸では、吸う息をほとんど気にしない。吐く息に意識を向ける〈呼主吸従(こしゅきゅうじゅう)〉を大切にしている。どうしてだろうか。体操ではよく深呼吸をする時に両手を広げるなどして、最初からたくさん空気を取り込もうとするのだが。

 

「深呼吸のことですね。丹田呼吸は似ているようで、違うんですよ」

 丹田呼吸の普及に邁進した医師、村木弘昌は深呼吸のことを電車の車両に例えて「満員電車」と呼んだ(『〈いのち〉を紡ぐ呼吸法』村木弘昌著 調和道協会)。左右で三億個もの小部屋(肺胞)を持つ肺は、普通にしていたらいつも炭酸ガスという名の乗客で満員状態。その状態でいくら息を吸っても、新しい乗客である酸素が入ることはできない。一方、ガラガラに空いた車両ならスッと入れる。肺を空っぽに近づけることで、次の吸気で大量の新鮮な酸素が取り込まれ、肺のガス交換率もぐっと上がる、と丹田呼吸では考える。

 

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 丹田呼吸のキホン。三呼一吸(さんこいっしゅう)。まずこの息法で〈上虚〉の感覚を掴む。みぞおち下に両親指を押し当て「ふっふっふー」と三回連続で、鼻から息を吸い、吐くと同時にみぞおちのくびれを押す。みぞおちの硬さをゆるめて、上虚の感覚を覚える。

 

 

 三呼一吸では両手の親指をみぞおち(胃と腸の間)下に当て、鼻から息を吸って、吐くと同時にできるみぞおちのくびれを押す。この「みぞおちを落とす」感覚を掴むのがとてもむずかしい。最初はとにかく硬く感じるのだ。ごくリラックスした表情で、腹のくびれが親指をまるでむしゃむしゃ呑み込んでしまっているように見えるほど深く押しているハブさんが逆に心配になる。

 

「日によって硬さも違うんですよね。昨日の夜ちょっとお菓子を食べすぎて胃もたれしていたので、きょうは気持ちいいなあ」とゆったりと繰り返している。

 

 丹田呼吸では、この腹部の奥にあるとされる自律神経の要(かなめ)である太陽神経叢(たいようしんけいそう)を刺激するといわれている。自律神経の調整はもちろん、横隔膜のダイナミックな上下運動によって内臓へのマッサージが起こり、血液の巡りが促進される。繰り返すうちに、少しだけ軟かくなり、肩の力が抜けているのに気づいた。みぞおちを落としたら肩の力がすっと抜けたなんて、なんだかもぐらたたきみたいだ。身体は思わぬところで繋がっている。

 

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 次はあの波浪息。名前は必殺技のようだが動作は激しいものではなく、シンプルで覚えやすい。みぞおちに手を直接添え、動かしながら上虚をつくっていく。まず右手の掌をみぞおちに当て、左手は下腹部に添える。上体を前傾させながら、フンッと鼻から息を吐くと同時に、みぞおちのくびれが深まるのを感じながら、右手でみぞおちを左方向へ、左手で丹田を右方向へ撫でる。この時、下腹部には自然に力が入る。上体を元に戻すと同時に手も元の位置に戻す。息は自然な吸い戻しに任せる。この流れが一つの波の満ち引き、まさに波浪のように見えるのだ。両手バージョンが終わったら、片手バージョンをやってみる。上虚の状態が身体でどんどん分かってくる。

 

 丹田呼吸はお腹のかたちが面白い。下腹部に力が入る時は、完全なぽっこりお腹が出現する。ただのぽっこりではない。硬いボールのように力が充実している。この〈下実〉を保ったお腹の状態のことを、その見た目から〈瓢(ひさご)バラ〉とも言う。ひょうたんのことだ。

 

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「月光菩薩や日光菩薩、ミロのヴィーナスも、よく見るとみぞおちはくびれているし、瓢バラなんすよね」とハブさんが笑う。実際の資料を見てみると、確かそうだ。決してスリムなお腹ではない。しっかり安定している。そして肩はすらり。古今東西の彫刻や美術でも〈上虚下実〉がひとつの美のかたちとして浸透していたと想像してみると、眼下のお腹をなんだか両手のひらでそっと包みたくなってくる。

 

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ハブヒロシ

音楽家・遊鼓奏者

NPO丹田呼吸法普及会理事長

 

NPO丹田呼吸法普及会 Web site

https://www.tandenbreathing.com

  

 

 

 

 こちらは期間限定公開の記事です。(6/5〜6/29)その他にも、様々な呼吸法を体験しながら、呼吸をみつめる実践記事が続きます。この後の記事は、最新号『1/f』vol.9「息をしている。」にて、ご覧いただけます。

 

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